テクノファーム20周年!1
この間嫁さんに言われて気付いたんですがうち8月でまる20年になるんです。20周年やん!!こういう時って20周年記念の記念品とか渡したりすんのかな?なんも用意してないわ(;^ω^)
まあ、とりあえず振り返ってみましょう!
いらんって?まあそう言わずに記念ですから(*^▽^*)
会長が会社を立ち上げるまで
今から55年前、父は中学卒業後徳島のド田舎から叔父が経営する鉄工所で働くため大阪にやってきました。その会社(伴蔵鉄工 50年以上前に倒産)はその当時珍しいステンレスの配管の製作に特化した工場だったんです。今ではピンとこないかもしれませんけどその当時はステンレス配管の既製品ってなかったんですって、なので設計者が好きなように設計した配管を一品一様で製作していたらしいんです。話はそれましたが入社当時は1カ月間先輩の溶接を永遠と見さされたそうです。
朝から晩までありとあらゆる材質、サイズの配管を溶接していた数年後、「もう飽きた!」と製缶部門に異動させてもらったそうです。そこで主に製作していたのは大型のステンレスタンクやホッパー、スクリュー等。これも今はCADもあるしレーザーもあるんで簡単ですが、この時代は図面を展開するのは関数表を見ながら計算し板に定規やコンパスでけがいて切るという恐ろしく時間のかかるやり方をやっていたんですね。しかもレーザーはもちろんプラズマさえありませんからね、シャーリングで切れるところは良いですけどそのほかの直線部分はサンダーで、R部分はへし切と言う工具を使いそいつをステンの板に当て大ハンマーでぶっ叩いて切ったそうです。
まあ、なんしか「テクノファームの既製品でないものが得意」と言うのはこの父のなんでも一枚の板から切り出し作っていた経験があるからなんです。そして今ではこの会社を知っている人はほぼいませんが、以前付き合いのあった材料屋のお爺ちゃん(80歳ぐらい)が偶然この会社を知っていて聞いてみると「伴蔵鉄工やろ、知ってるよ!何処もでけへんやつとかな、困った時は伴蔵鉄工に持っていったらやってくれてんや!」と言ってました。なんか今のテクノファームに通ずるものがあるなと思いましたね。
前置きが長くなりましたけどそれから父は色々な所で働き「飽きたから辞める」を繰り返し、2度の起業を経験したのち「50歳になったから好きなようにやりたい」と三度目の正直でやり始めたのがこのテクノファームなんです。
そしてテクノファームが創業したのは2001年8月、順調に出発!といきたいところですが直ぐに危機が訪れます。2001年の9月11日、アメリカの同時多発テロにより仕事が一気に無くなってしまったんですよ。1年近く仕事がほとんどなくなってしまったみたいでしたね。その頃私はレストランで働いていたんですが心配で母親に電話したのを覚えています。すると母は笑いながら「お父さん暇やから今度の旅行何処に行こうかな?って調べてるわ!」って言ってました。両親ともに壮絶な超ド貧乏育ちなんでお金が無くなってもなんとかなると思っていたみたい。呆れてしまいましたが、この強さは尊敬に値するなと思いましたね(;^ω^)
次回へつづく・・・
と言うことで、20年前の画像をむっちゃ探したんですがないんですよね。よく考えたら20年前ってデジカメまだなかったわ・・・。そう考えるとデジカメすらなかった20年後に一人一台スマホって凄い進化ですよね(;^ω^)
上の写真が角パイプの大型フレーム、これで15年ほど前の写真。そしてこのタンクが11年前ですね。後ろの洗濯物がなんかね・・・。
文章長くなったんで続きは次回に!ってもったいぶるほどの文章じゃないけどね。(*^^)v
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20年続けられるってすばらしいいね!
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